ゴルフウェア
Nick Jagger
女性のゴルフファッションに歴史アリ!ゴルフウェアに革命を起こした女性
昨シーズンの女子ツアーで話題になったのが、アン・シネのファッションでしたね。
そのミニスカート姿を一目見ようと、鼻の下を伸ばしたたくさんのオジサンギャラリーを引き連れていました。
それにしてもここ数年、若くてスタイリッシュな女子プロゴルファーが増えて、ますます女子ツアーの人気に拍車がかかってきました。
こんなにファッショナブルになったのも、昔、むか~し、ある女性ゴルファーがいたからなのです。
史上初の女性ゴルファーって誰
女子プロ界のレジェンド樋口久子プロがこんなお話をしていました。
「私がアメリカツアーに参戦していた1970年頃、まずびっくりしたのは、女性用のゴルフウェアが売られていたことです。当時、私たちは男性用の小さいサイズのウェアでプレーしていましたからね」
そう考えると、女性用のゴルフウェアって、つい最近のお話なのですね。
歴史上の最初の女性ゴルファーは、16世紀まで遡ります。
フランス帰りのスコットランドのメアリー女王(写真)が女性ゴルファー第1号なのです。
夫が亡くなった3日後には、ゴルフコースに出ていたといいますから、相当なゴルフ好きであったのでしょう。
ちなみに彼女は、フランスから連れてきた「カデット」と呼ばれた召使にバッグを運ばせていました。
これが「キャディ」の語源とされています。
もちろん、この頃のウェアはロングドレスでした。
ゴルフウェアをカジュアル化させたのはウォルター・ヘーゲン
19世紀の末になっても、女性ゴルファーは現代のように活発に動ける身なりでプレーしていませんでした。
当時の女性ゴルファーを描いた絵画を見ると、頭には鶏のトサカのような帽子をかぶり、夜会に出かけるようなロングドレスをまとっています。
おそらくコルセットをしていたのではないでしょうか。
とてもロングショットなど打てないようなファッションです。パッティングとせいぜいアプローチショット程度の球転がししかできなかったことでしょう。
もっとも、ファッションに関しては男性も山高帽に燕尾服、それにネクタイ着用でした。
1910年代の後半になると、ゴルフ新興国アメリカが、自由の国のバイタリティで先進国のイングランドを凌駕するようになりました。
その一因がゴルフウェアです。
ウォルター・ヘーゲン(1890~1969年、ニューヨーク生まれのプロゴルファー。全米オープン2勝、全英オープン4勝、全米プロ5勝)が1924年全英オープンに勝った後、こんなことを言っていました。
「イングランドのプレーヤーが伝統を重んじて、旧来通りネクタイを締めて、上着まで着込んでいるのに対して、アメリカのプレーヤーは軽快に動けるセーターでプレーしている。イングランドがアメリカに勝つためには、まずその窮屈な上着を脱いで、プレーに専念できる服装にすることだ」
女性ゴルファーの革命児ミス・グロリア・ミノブリオ
話を女性ゴルファーのファッションに戻しましょう。
女性服飾史によると、スカートの裾が短くなったのは第1次世界大戦後だそうです。
女性の社会的地位が叫ばれ、機能性を優先したからです。
女性ゴルファーのファッションも、その影響で格段に軽快になりましたが、それでもスカートの丈は脛(すね)辺りまであり、しかもタイトなため、スタンスも取りづらかったようです。
そして、1933年のイングランド女子選手権で衝撃的な事件が起きたのです。
出場選手のひとりミス・グロリア・ミノブリオが真っ黒なスラックスでスタートホールのティー・グラウンドに現れたのです。
上半身も黒です(写真)。まるで男性のようないでたちでした。
トーナメント会場は騒然となりました。
ズボンを履いてプレーしたという女性は前例がないということで、大会役員たちは急遽会議を行い、ミノブリオに警告を与えることにしたのです。
ところが、彼女は1回戦で敗退して、そのまま帰宅してしまいましたので、警告には至らなかったそうです。
写真を今見る限り、奇抜でも奇異でもありませんが、当時はあまりにも斬新だったのでしょう。
ミノブリオは今でいうぶっ飛んだ女性かもしれません。そう考えると現代の女性ゴルファーファッションのルーツは彼女といってもいいでしょう。
男性にしろ女性にしろ、ゴルフファッションの原則は、不特定多数の集まるゴルフ場で周囲の人に不快感を与えないことです。
この原則は時代とともに変質していくでしょうが、だからといって良識を疑うようなファッションが、不快感を与えることに変わりはありません。