日本のゴルフが心配です。~1990年代~2000年代を振り返る~

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日本におけるゴルフの競技人口は、2001年の1340万人をピークに年々減少を続けており、現在では670万人程度と推定されています(レジャー白書2002、2018)。

すでにピークの半分以下に落ち込んでいることになります。ゴルフ場や練習場の数も減り続けているうえに、男子プロのトーナメント数も多大きく減りました。

大好きなゴルフを楽しむ仲間が減り、楽しめる場所も減り続ける……。こんな状況を打破するために必要なことって何なのでしょうか?

なぜこんな現状になったのでしょうか?

なぜこんな現状になったのでしょうか?

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では、なぜゴルフ人気が凋落したのでしょうか?

ゴルフ人気に陰りが見えて来たのは、2001年から2002年にかけてだと思われます。

ちょっと、待ってください。バブル崩壊は1990年代です。そこから10年もゴルファー人口は増え続けたことになりますよね?

ということは、景気後退がゴルフ人気凋落の直接的な原因ではないと言えるのかもしれません。

では、1990年代、バブルが崩壊しながらもゴルフ人気に乗ってゴルフの競技人口が増え続けた理由はどこにあるのでしょうか?

絶対的スーパースターの存在!

絶対的スーパースターの存在!

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1990年代のゴルフ界を、日本と世界の両面で振り返ってみます。

日本には『ジャンボ尾崎』こと尾崎将司プロが、『最強』の称号に相応しい存在感を発揮していました。

『おっ3』のカウントが正しければ、90年代だけでツアー45勝を挙げています。

その強さと強烈な個性に信奉者も多く存在しました。髪の毛を襟足だけ伸ばして、やたらと派手なウェアに身を包んだ『ジャンボ尾崎』の分身のような方が全国にいらした時代と思います。

そして、世界では、スタンフォード大学在学中のタイガー・ウッズが登場しました。

96年にプロ転向すると、類稀な飛距離とミラクルショット、最終日の驚異的なチャージで、ゴルフ界のみならず、一世風靡そのものという活躍でした。

タイガーの影響力に目をつけたゴルフ関連企業は、破格の契約金を提示!

ゴルフ人気は絶頂期を迎えた感がありました。

その頃の女子ツアーは?

その頃の女子ツアーは?

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現在は、子育ての合間に練習して時折トーナメントにも出場している福島晃子プロ。

今でも、若手を凌ぐ飛距離を誇る人気プロです。90年代の日本の女子プロゴルフ界を支えた功労者とも言えるかもしれません。

しかし、日本の女子ツアーは90年代中頃からトーナメントの数が減り、その輝きを失って行きました。

当時のプロに対して失礼かもしれませんが、タイガーやジャンボの存在感に圧倒されていたような気もします。

その状態を憂いて、樋口久子プロがLPGAの会長に就任! ここから改革が始まったと思います。

(続く)

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おっ3

野球、バレーボール、スキー、陸上競技などなどスポーツ歴だけは豊富ですが、全てそこそこレベルで引退。仕事としてゴルフに関わった時期もありますが、今は素人のゴルフ愛好家です。 現在もトレーニングを怠らずに行っているものの、全身の経年劣化が著しく、常に痛みと戦っている『おっ3』です。

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