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Taddy Bear
通勤途中や仕事休憩でも読むゴルフ〜山際淳司氏のゴルフ小説〜
スポーツ・ノンフィクションの傑作「江夏の21球」を書いた山際淳司氏は、幾多の著書の中にゴルフ小説も遺しています。
ノンフィクションではクールな視点で緻密な観察をする山際氏ですが、小説では一変してドラマティックでユーモラスで、そしてハードボイルド。
レッスン書やルールブックにない、フィクショナルなゴルフの世界がここにあります。
スポーツ・ノンフィクションの新たな境地を切り開いた山際氏
山際淳司氏は1980年から1995年まで、わずか15年の間を一気に駆け抜けた作家です。
それまでの日本のスポーツ・ノンフィクションといえば、人物描写を追うあまりウェットになりがちな内容が目立ちました。
しかし山際氏は客観的な取材と構成で時にはドライに、でもしっかりと心情も汲み取る独特のタッチで執筆。
それが今までの日本のスポーツ・ノンフィクションにない手法として高評価を受けました。
どちらかというと、イギリスやアメリカのスポーツライターに近い文体や構成ですね。
80年代前半はノンフィクションが中心、それも主にベースボールでしたが、85年を境に小説も書き始めました。
小説もスポーツを題材にした作品が多く、それらの中に短編小説を集めた「ミスター・ダブルボギーに神のお恵みを」と「ゴルファーは眠れない」の2点があります。
登場人物は市井の(ちょっと現実とズレた)ゴルファーたち
世に小説はバンカーの砂粒の数ほどあれど、スポーツを題材にした小説で傑作と呼べるものはアベレージゴルファーのバーディより少なく、ゴルフ小説に限るとラフに隠れたボールを探すのと同じくらい、見つけるのに苦労するほど。
コミックであれば「あした天気になあれ」とか「プロゴルファー猿」とかいろいろあるのですけれどね。
そんな不毛の中、山際氏の短編小説は「江夏の21球」に比べれば後世に伝える傑作というわけではありませんが、軽いタッチで書かれている分、サクサク読めることが魅力です。
スポーツドラマにありがちな根性と汗の果てにある涙の感動は一切なく、登場人物はつねに市井のゴルファーだけれど、ちょっと現実とズレている人たち。
1990年代、それほど遠い昔ではありませんがゴルフを含めた社会情勢が大きく転換していることなども読み解くことができます。
日常ゴルフの隙間にあるかもしれない非現実的な物語
山際氏の短編ゴルフ小説、題材はバラエティに富んでいますが着想は同じなのでどちらから読んでも差し障りありません。
「ゴルファーは眠れない」はいかにも1990年代、バブルの終末的恋愛ドラマなので中年男女には懐かしく感じられるでしょう。
この本で秀逸なのがミステリアスでコミカルな「ゴルフ島奇譚(きたん)」。
あるゴルフ好きな男が「1年間ゴルフを止めてみろ。その1年後に素晴らしいことが起きる」という天の声を聞き、それを頑なに守り続けるのだけれど、やがて1年後があと1週間と迫った時……、というストーリー。
一人称で語られる物語は真打ちの落語を聞いている気分にさせられ、思わず引き込まれます。
「ミスター・ダブルボギーに神のお恵みを」でも、日常生活の隙間に存在するような非現実的な物語が載っています。
文庫本なので通勤する電車の中でも、ひと仕事終えてお昼の休憩時間でも気軽に読めるでしょう。
ただし、おかしくて吹き出したりすると回りの人から奇異な目で見られることもあるので注意して読んでくださいね。