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指令!モンティの伝説のショットを再現しろ?!

ライダーカップにヨーロッパ代表として8度の出場を果たし、2010年ではヨーロッパチームのキャプテンとしてチームに貢献し、ライダーカップのシングル・マッチでは無敗を誇る、伝説のスコットランド人ゴルファーと言えば!

これだけ多くのヒントがあれば、もうお分かりですよね!

そう!“モンティ”の愛称でおなじみ、ヨーロピアンツアーの大御所、コリン・モンゴメリーです!

ニック・ファルドらとヨーロピアンツアーの一時代を力強く牽引してきたスーパースターです。

ヨーロピアンツアーでは7年連続を含む8回の賞金王を達成していて、2013年に世界ゴルフ殿堂入りも果たしています。

オメガ・ドバイデザートクラシック

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1989年から続く、ヨーロピアンツアーの公式戦。

アラブ首長国連邦、エミレーツゴルフクラブ・マジリスコースにて開催されています。

過去30回開催されたこの大会では、13の国から24人のチャンピオンを輩出しており、そのうち10人がメジャー大会を制しているという縁起のよい大会なのです。

しかし、本コラムの主人公のモンティは残念ながらメジャー大会での最上位は2位、しかも5回!

このあたりに、伝説のゲームウイニングショットが生まれた要因が隠れているのかも?

伝説のショットが生まれた背景

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今から23年前、1996年のオメガ・ドバイデザートクラシック。

大会はモンゴメリーとミゲル・アンヘル・ヒメネスの一騎討ちとなり、最終日の最終ホールまでもつれ込みました。

モンゴメリーがヒメネスを1打リードで迎えた18番ホール。

527ヤードのパー5。

先に2打目を打ったヒメネスのボールは池を超えて、グリーン奥のセミラフの位置で止まりました。

“寄せワン”でバーディーを狙える絶好のチャンスです(実際、ヒメネスは最終ホールでバーディーを取りました)。

次は、モンゴメリーの優勝のかかったフェアウェイからの大切な第2打目。

選択は2つ、6番アイアンで池の手前にレイアップする安全策か、グリーンを直接狙う攻撃策か。

モンゴメリーは後日、この時の心境を次のように語っています。

「僕は常に確率でプレーをしている。いつもなら99%、アイアンでレイアップを選択していた。でも、もう2位はゴメンだった。それにプレーオフも嫌いだしね」

アゲインストの影響もあり、3番ウッドでは届かないと判断してモンゴメリーが手にしたクラブがドライバーだったのでした。

6番アイアンを持ちながら、キャディと二人で長考した後の決断でした。

この英断にはモンゴメリーが前年(1995年)にプレーオフで5回も負けていたこと(そのうち2回はメジャー大会!)が大きく影響していたに違いありません。

「このようなリスクを取る必要が彼にはあるのでしょうか?」

と、安全策派のアナウンサーが心配している中、モンティが放ったドライバーでの2打目は池を超えてグリーンの中央に見事オン!

この1打がヒメネスとの死闘に終止符を打ったのでした。

そして、この伝説のウイニング・ショットは、1996年のヨーロピアンツアー“ショット・オブ・ザ・イヤー”に輝きました。

伝説のショットにトッププロが挑戦!

モンゴメリーが“あの時”の場所に立ち、クラブハウスのあるグリーン方向に向かって呟きます。

「ここからの景色は年々、ドラマティックに変化している。あのころは、ゴルフ場の周りには砂漠しかなかったのに…」

年々、目まぐるしく発展しているアラブ首長国連邦に、自身が懸命に取り組んできたヨーロピアンツアーの繁栄を重ね合わせて感慨にふけるモンティの表情が印象に残りました。

1996年当時、モンティが使用したドライバーで、伝説のショットに挑戦するのはこの3人。

トミー・フリートウッド
ラファ・カブレラベロ
マット・フィッツパトリック

いま、もっとも脂の乗っているヨーロピアンツアーのトッププロ達です!

彼らもこの挑戦を通して、大先輩から大切な“何か”を受け継いだことでしょう。