世界と日本、女性ゴルファーのルーツを調べてみました

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近年、日本では男子ツアーを圧倒的に凌駕している女子プロの人気。

毎年、新しいスターが次々誕生し、しかもかわいいとくれば、スポンサーだってほっときはしません。

今シーズンは新型コロナウイルスによって、男女ともにトーナメントは例年のように開催されていませんが、本来ならば、春から秋までびっしりと毎週行われるはずだった日本の女子ツアー。

この隆盛を築いた日本の女性ゴルファーのルーツを調べてみました。

世界初の女性ゴルファーはスコットランドの王女様

世界初の女性ゴルファーはスコットランドの王女様

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世界初の女性ゴルファーと言えば、メアリー・クイーン・オブ・スコッツ(スコットランド女王、写真、1542~87年)ということになっていますが、その後は19世紀初頭まで女性ゴルフに関する記録は一切残っていません。

体力的には、女性でも十分楽しめるスポーツであるはずなのに、男性しかプレーしていなかったのは、不思議なくらいです。

当時は男性社会であったでしょうから、女性ゴルファーは容認されなかったのでしょう。

日本のゴルフコースはどこも整備が行き届いていて、しばしば箱庭に例えられるほどですが、ゴルフ発祥の地スコットランドのリンクスはいまだに、荒涼としたコースです。

ヒースやホインといった小灌木(しょうかんぼく)がラフの至るところに生い茂り、フェアウェイやグリーンの起伏も重畳(ちょうじょう)たる荒海を思わせるほどに大きくうねっています。

それに加えて、スコットランド特有の強風が止むことなく吹き荒れています。

19世紀末にセントアンドリュースを訪れたアメリカの若い詩人は、ゴルフを一見して、「この世でもっとも残酷なゲーム」だと言ったほどです。

そうしたこともあって、女性には不向きなゲームだったのでしょう。

メアリー女王のゴルフに関しても、果たして男性と同じようなプレーをしていたかどうかは疑わしいところがあります。

というのも、メアリー女王は6歳のときにフランス王アンリ2世のもとに送られ、パリで教育を受け、その時期にフランス固有の「ペルメル」というボールゲームを楽しんでいたという記録があります。

この球技は、ゴルフというよりは現在のゲートボールに近いようなゲームで、クラブも金槌型をしていたといいます。

町外れの道路わきや城の塀際におよそ800メートルほどの直線コースがあり、両端にゴールの石が置かれ、何打でそれに当てるかを競うゲームで、ゴルフのように自然と闘うという要素は少ないものでした。

夫の死後3日後にプレーをするほどのゴルフ狂だった女王

夫の死後3日後にプレーをするほどのゴルフ狂だった女王

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話は前後しますが、メアリー女王はスコットランド王のジェームス5世と王妃メアリー・オブ・ギース(フランス貴族出身)の第三子として、エジンバラ郊外の離宮で生まれ、2人の兄がいずれも早生したために父王が亡くなると、生後8日でスコットランドの女王に即位したそうです。

そして、母方の血縁の関係でフランス王アンリ2世の元で養育され、15歳の時に同王の王子フランシスと結婚しますが、3年後に王子が病死したために18歳の若さで未亡人になってしまい、スコットランドに戻ってきました。

22歳の時に再婚したものの、約半年後に夫は何者かに暗殺されてしまいます。

ところが女王は、その3日後に離宮のシート城外のリンクスでゴルフをしたために、議会がその不謹慎を糾弾したのですが、その議事録が残っています。

それが、メアリー・クイーン・オブ・スコッツが、史上初の女性ゴルファーであることの貴重な資料になっているのです。

すこぶる数奇な人生を送った女王ですが、イマ風に言えば、「ブッ飛んでいる女」だったのでしょう。

乗馬で100キロも遠乗りしてみたり、弓を引いたり、狩りもしたといいます。

肖像画を見ると、目鼻立ちのはっきりした美人です。

しかし、男勝りの気性だったことから、もしかしたら、男性並みのプレーをしていたのかもしれませんね。

初期の頃の日本人女性ゴルファー

初期の頃の日本人女性ゴルファー
さて、時代も舞台も飛んで日本です。日本のゴルフ史上、最初の女性ゴルファーは誰だったのでしょう?

日本初のゴルフクラブが設立されたのは1903年(明治36年)の神戸ゴルフ倶楽部ですが、『日本のゴルフ史』(1930年刊)によりますと、その当時から女性ゴルファーはいたようです。

同倶楽部設立の翌年の会員総会で「婦人を会員にせよ」という意見が出たそうなのですが、「しばらくの間は、このことは問題にせぬように」ということでお流れになりました。

その理由は、女性専用のクラブハウスを建て増しする必要があったからです。

昨今でも女性ゴルファーの急増で、浴室やロッカールーム、トイレなど女性専用の設備が手狭になり、それがひとつの理由になって、女性会員を制限しているクラブがありますが、これは日本ゴルフ史始まって以来の問題だったといってもいいでしょう。

もっとも同倶楽部設立当時の女性ゴルファーは、イギリス人会員の婦女子でした。

日本人女性として最初にゴルフをした人物は、のちにピアニストになった小倉末子で(写真)、明治38年に同倶楽部に15歳で入会しているという記録があります。

その後、神戸ゴルフ倶楽部には何人かの日本人女性が会員になっていますが、1925年、当時のハンディキャップリストによりますと、西村マサ(スクラッチ)、九鬼忠子(8)、山口かよ(14)、野田みき(16)、九鬼とみ子(18)ら、5人の名前が挙がっており、その年の4月にこの女性たちが中心になって、「関西婦人ゴルフ倶楽部」が結成されました。

それから長い年月を経て、「日本プロゴルフ協会女子部」が誕生するのは、1967年のことです。

現在の女子プロ人気の隆盛を先人たちは想像していたでしょうか?
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Nick Jagger

元某ゴルフ雑誌編集長。ゴルフ取材歴30年以上。現在フリーランスのライターとして、単行本、ゴルフコミックの原作など多数執筆中。

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