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ライフスタイル

飛太郎

「名言に学ぶ」失敗の哲学編

こんにちは、飛太郎です。

久々に練習に行く時間が取れた先日、練習場の風景を見て、ある二文字が頭を過(よぎ)りました。

それは「失敗」というキーワード。

最近暖かくなってきたからか、多くのゴルファーで賑わう練習場。

しかし、冬の間はその10分の1くらいしかゴルファーはいませんでした。

寒いとどうしたって練習に行く回数が減るのも、無理からぬことです。

ですが、練習をしなければ必ず腕はなまるもの。

春になって、いざ練習と心躍らせながらショットしても、ミスを連発してしまうのは当然の事と言えるでしょう。

しかしその「当然」の現象に眉をしかめ、首を傾げ、「クソ、また失敗した!」とクラブを叩きつける人の多さを見て、今回の記事をお送りしようと思い立ちました。

今回の「名言から学ぶ」シリーズは、その「失敗」にまつわる哲学についてです。

競技ゴルフの先駆けウォルター・ヘーゲン氏の言葉をメインに、いくつかの名言から今回もちょっとお知恵を拝借しましょう。

そもそも、失敗ってなんでしょうか?

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ゴルフにおける「失敗」って、どんなものがあるでしょう?

皆さんにもぜひ、お考えいただきたいのです。

「失い」「敗れる」

なんてネガティブな言葉でしょうね。耳を塞ぎたくなります。

ゴルフをやってて、そんな何かを失ったりするなんてこと、ありますか? ないですよね。

せいぜいボールをロストするくらいしか、僕には思い浮かびません。

少なくとも、ゴルフが大好きで、自らが進んで選んだスポーツな訳です。

何かを失う訳がありません。

しかしそれでも「失敗」って言葉はよく耳にします。

ミスを連発し、スコアが崩れ、その日が終わる、と。

でもそれって何か失ってます?

ご自身が持つ「今の」実力、その事実が厳然と証明されただけです。

時間を失った? 無駄にした?

いいえ。

その時間は、ご自身のなまり具合や弱点を知るための、この上ない貴重な時間となったに過ぎません。

僕が考える「失敗」とは、必要以上にその「失敗」を受け入れすぎた時に起きるたった一つの現象、「不貞腐れてその場に立ち尽くす」、すなわち停滞することだけだと考えています。

ならばそんなにネガティブに受け止めるのは、もう止めてしまいましょう。

本来そんなものは、成長の糧でしかない単なる材料です。むしろそれを経験できたことで成功に一歩ずつ近付いている訳です。

なのにそれを殊更に取り立てて、「また失敗した、もうイヤだ」などと重く受け止めるから、ただの「失敗」で終わってしまうのだと思うんです。

イヤになる前に、まず考えるべきことがあります。

それを偉大なゴルファーの言葉を借りて、お伝えします。

ウォルター・ヘーゲン氏の言葉から読み取れる哲学。

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“The Haig”、ウォルター・ヘーゲン氏は言います。

「ベストを尽くして打て。その結果がよければよし、悪ければ忘れよ」

ゴルフ界において、実に44年間破られる事のなかったメジャー優勝回数・第1位の記録を持つ彼がそう言う訳です。

この言葉に一つのヒントを見出すことができると考えるのは、きっと僕だけではないはずです。

結果がよければよし、悪ければ忘れよ。

その部分も「なるほど!」ですが、大事なのはその前。

「ベストを尽くして打て」だと思います。

ベストを尽くして打ったボールがミスだったとして、それが今の自分の力量だという現実以外、そこには何もありません。

腐ったり、機嫌を損ねたりしていては、次以降のスコアメイクにも悪影響が出るでしょう。

ましてや、ボールが1ヤードでも前に進む限りは、ゲームを進行しなければなりません。

その場に座り込んで拗ねてしまうこともできないでしょう。

「悪ければ忘れよ」

それ以外に採るべき選択肢はありませんね。

失敗から何を学ぶか。

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「人間は、自分が敗れたときこそ種々の教訓を得るものだ」

「私は、勝った試合からはかつて、何ものをも学び得たことはなかった」

これはもう有名な、ボビー・ジョーンズ氏の残した言葉ですね。

ただその上で、「最後のパットまでベストを尽くすことができない人を、私は軽蔑する」とも言っています。

彼もまた、「ベストを尽くす」ことを大前提に据えて、金言を残してくれているのです。

練習であれ、試合であれ、一般のラウンドであれ、そこには必ず失敗が存在します。

むしろ、失敗が占める割合はさながら「海と陸」、7:3くらいの割合で失敗のほうが多いかも知れません。

しかし、彼が残した言葉を受け取るならば、失敗の積み重ねなきところには、成功も勝利も達成も満足もあり得ないと言えるのではないでしょうか。

失敗の集大成こそが成功なのではないでしょうか。

例えばかすり傷一つ負わずに、補助輪も付けずに、皆さんはいきなり大人用の自転車に乗れるようになりましたか?

不器用な僕なんかは、ズタボロになって、時にはドブに落ちたりして、やっとこさ乗れるようになった記憶が今も鮮明にあります(笑)。

ゴルフもそうですが、トレーニングにも同じことが言えるでしょうね。

薄皮を何度も何度も重ねるかのごとき鍛錬を積み、筋肉は段階を経てビルドアップされていきます。

一日の軽いトレーニングでガリガリからマッチョになれてしまうような異常な筋肉、ありませんよそんなもの。想像しただけで気持ち悪い(笑)。

何より、そんな容易いトレーニングで得られるものなんて、面白くありませんしね。

なぜ人は、偉大な姿を見て感動するのか。そこに答えが。

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性急に結果を求めてしまうのは、人の性と言えばそれまでだと思います。

しかし結果というものは、偉大な功績を打ち立てた歴代のゴルファーたちの残した言葉通りの性質を持つのでしょう。

それは、いつだってその時のベストを尽くし、それでも失敗を繰り返し、試行錯誤するからこそ得られるということ。

眉をしかめてしまうような結果を得ているのだとしたら、それはまだ道の半ばなのだと思いませんか。

これほど楽しいことがあるでしょうか。

昨日今日でさっさと結果が出てしまうようなものに、貴重な時間もお金もエネルギーも費やすハズがありません。

知らず知らずのうちに、多くのゴルファーの方々が「失敗」を「経験」へと昇華させているからこそ、我を忘れて没頭できるのではないでしょうか。

そして何より、人はなぜ自分以外の人間の偉大な記録や功績、栄光や勝利をつかみ取る姿を見て、感動するのでしょう?

それは、その人間がそこに到達するまでにどれほどの失敗と苦悩を重ね、それでも乗り越え、戦ってきたかというプロセスを心で察するからではないでしょうか?

ある人はその姿に感化され、その道で夢を追うかも知れません。

またある人は、別の道を行く自身の人生に重ね合わせ、勇気を湧き立たせるかも知れません。

言葉を交わしたこともないハズの人間の姿に感動を覚える、すなわちそれは言葉ならざる「失敗と努力の痕跡」を、垣間見るからに他なりません。

無意識的に、すべての人は知っています。

偉大なヒーローたちは、失敗を誰よりも多くその身に受けてきたことを。

だからこそ失敗を失敗のまま終わらせた時、最もスッキリしないのは当の本人なのです。

すべてを栄養にして、生涯前に進みたいものですね。

と、自分にも常々言い聞かせる、七転び八起きの飛太郎でした。