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ゴルフスイング

Nick Jagger

ゴルファー生命をも絶ってしまう「イップス」って何?

1メートルのショートパットがグリーンの外まで出てしまう、あるいは10メートルのロングパットを1メートルしか打てなかった。

そんな経験をしたアマチュアゴルファーはほとんどいませんよね。

ところが、名手と言われた多くのプロがそんな経験をしているのです。

皆さんも一度は聞いたことがあると思いますが、通称「イップス」です。

イップスというのは、パッティングの際、緊張のあまり手が動かなくなる現象です。

イップスはYipsと綴りますが、普通の英和辞典には載っていません。それどころか、最も権威のある「オックスフォード・ディクショナリー」にも出ていないようですから、ゴルフだけの専門用語なのでしょう。

しかし、アメリカの「ゴルフ用語歴史辞典」には収録されており、それによると「パッティングやその他のプレーにおける慢性的で神経質な緊張」とありますが…。

※写真は2016年マスターズ初日のスタートホール、60センチから6パットし「イップスか?」と話題になったアーニー・エルス。

名手サム・スニードもイップスだった

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サム・スニードは著書の中で、「クロスハンドも試したが、やはりイップスしてしまうんだ」と書いています。

スニードは説明するまでもない偉大なプロですが、若い人たちのために、彼のキャリアを紹介しておきましょう。

1912年生まれのアメリカ人です。

全米オープンのタイトルこそ獲れませんでしたが、その活躍は第2次世界大戦を挟んで、7つのメジャータイトル、PGA82勝(歴代1位)を含む165勝を挙げたゴルフ界の大巨人です。

1965年には53歳でツアー優勝も果たしています。もちろん、PGAツアーの最年長記録になっています。

しかし、クロスハンドグリップを試したり、いち早く長尺パターを取り入れたり、イップスに苦労しました。

ボールの後方に屈んでパターを押し出すような独特なパッティングスタイルのサイドサドルを編み出しました。

80年代に来日したときも、そのスタイルを披露して大きな話題となりました。

イップス第1号はトミー・アーマー

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「イップス」という言葉を最初に使ったのはトミー・アーマーとされています。

アーマーは1895年、スコットランドのエジンバラ出身のプロゴルファーで、今もゴルフクラブの名器としてその名を残しています。

1920年代にゴルフが盛んになったアメリカに移民として渡ってきました。

当時はスコットランドやイングランドから多くのゴルファーがアメリカに押し寄せてきた時代だったのです。

アーマーもそのひとりで、1927年には全米オープンを獲り、31年には全英オープンも制しています。

ところが、突然勝てなくなり、ツアーから撤退し、レッスンプロ、クラブ製作の道に進みました。

その原因はイップスでした。

イップスになりやすいボールストライカー

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イップスに襲われた過去の名プレーヤーには共通点があります。

それはスニードを始め、アイアンの名手たち、つまりボールストライカーです。

余談ですが、長い間ジャンボ尾崎の愛用パターであった「マグレガーIMG5」の“IMG”とは、「アイアン・マスター・グースネック」という意味ですが、アイアン・マスターとはアーマーのニックネームなのです。

同じく歴史的ボールストライカーのベン・ホーガンは1953年にマスターズ、全米オープン、全英オープンとメジャーを3つ獲りましたが、彼の勝利はそこで終焉を迎えるのです。

翌54年にはマスターズのプレーオフで敗れ、56年には全米オープンの最終ホールで3パットをして敗れました。

ホーガンもイップスだったのです。

近年ではトム・ワトソン、ベルンハルト・ランガーのイップスも有名です。

2人ともキレのいいアイアンショットが持ち味のゴルファーです。

ランガーもクロスハンドにしたり、長尺パターにしたりしてましたよね。ワトソンの新帝王時代というのも長く続きませんでした。

日本では湯原信光が有名です。

シャープなアイアンショットでレギュラー時代のパーオン率は常に上位にランクされていましたが、もう少しパッティングに自信があったら、当時のAONをもっと脅かす存在だっただろうと言われています。

マジメ人間がイップスになる?

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ゴルファーには理論派と感覚派という2つのタイプがいます。

アイアンショットは理論的に詰めて、スイングを洗練させていくことができますが、パッティングにはこれだというスタイルがありません。

いわゆる「パットに型なし」です。パッティングは感覚を頼りにしなければなりません。

前述のボールストライカーたちはフィーリングよりも理論、つまり真面目にスイングやパッティングを突き詰めていくタイプだったから、イップスになったのかもしれません。

構えたと思ったら、すぐにボールを打っていた感覚派の代表でもあるリー・トレビノはこう言っています。

「時間をかけると、考えてしまうじゃないか」と。

名手青木功は「しゃんめい」という言葉で、失敗の原因を運、不運になすりつけます。

このタイプは失敗の原因を過度に背負い込まないから、すぐにリセットし、次のプレーに集中できます。

ゴルフというスポーツは成功よりも失敗のほうがはるかに多いスポーツですよね。

ということは、ミスを背負い込むことはできないんだと考えたほうがいいのではないでしょうか。

イップスは真面目でアイアンショットが上手いベテランがなりやすいのであって、我々アマチュアゴルファー、特に月イチゴルファーを襲うことはありません。

「最近イップスになっちゃたみたい」と言うゴルファーがたまにいますが、それは距離感の悪いただのノーカンプレーヤーだと思って間違いないですよ。